雨の日も晴れの日も、僕ら。

日々のあれこれを綴りながら、楽しく生きたい。 

同じじゃなくていい。

  

先週、Kるんが12月に受けた

知能テストの結果を聞きに行きました。

 

emily-ryu.hatenablog.com

 

 

emily-ryu.hatenablog.com

 

結果には凸凹が表れていて

発達障害の人によくみられるパターンと

言われました。

 

普段苦手だと感じていることが

ちゃんと数値に出ていました。

 

しかし、この結果を受けて

苦手を克服しようとがんばることは

あまりおすすめできないと言われました。

 子どもさんの場合は

 生活していくために必要なことに関しては

 練習して克服する必要があるものも

 あるとは思いますが。

 

ストレスに感じて

精神面に不調をきたすことにつながることも

あるからだそうです。

 

たとえば

他の人が耳で聞いて覚えるようなものを

聞くだけでは全然覚えられない

という特性があったとき

 

一生懸命、聞いて覚えようと努力するよりは

メモを取って何回も復唱して覚えるというように

別の方法で結果を出すようにしていく

ということが

すべての事において大切だそうです。

 

自分の特性を周囲にも理解してもらえるように

苦手なことを隠さないで話したり

周囲の人も、特性を理解しようとして

得意なやり方でやったらいいよと受け入れていく

 

そういう良好な関係が築ければ

生きにくい世の中が

少し生きやすくなるのかなーと思いました。

 

Kるんは言葉とか漢字の情報は

とてもよく処理できるけど

数字になるととたんに読めないし

覚えられないらしい。

 

また、たとえば

台本のセリフは1回で覚えられるけど

準備運動の順番は覚えられない

ということもあったらしい。

  

同じ、読むとか覚えるという作業でも

うまく処理できるものと

できないものがあるのですね

 

そういうことが自分でわかると 

無駄に自分をばかだと思ったり

だめな人間なんだと落ち込んだりしないで

自分が処理しやすい情報に変換して

対処していけばいいから

もっと自己評価も高まってくる気がします。

 

数字がうまく読めないなんて

実は最近まで知りませんでした・・。

  計算などはできるので

  学校の勉強にはそれほど影響が出ていないし・・。

 

自分で、語呂合わせなら読めると気付いて

ずいぶん前から数字は独自の読み方で

読んでいるらしいです。

 

そして、先生は 

「そういうふうに文字に置き換えて数字を読む人は

結構いますね。」

とおっしゃっていました。

 

そうなのかー。

だからたとえば、Kるんは

読み上げるとおりに書いてねと言って

隣で数字を読み上げても

音で聞いた「いち」が「1」で

「に」が「2」だという変換が

スムーズにできないので

ぱぱっと書くことができない。

 

それで「いち」が「1」だから・・・と

考えてるうちにどんどん先の数字を言われると

もうわからなくなってしまうらしい。

 

今は、4桁ぐらいの数字ならなんとか書けるけど

たとえば電話番号のように数字が続くと

それを聞き取って書くということは

とても難しいそうです。

 

ただ、書いてあるものを独自の読み方で

読み取ることはできるので

バイト中に商品のバーコードの下の数字を

レジに打ち込むときなどは

むしろ、かなりのスピードで打てるらしい。

不思議だ。

 

そういうちょっとしたできるできないとか

感じる感じないなどが、数字関連だけではなく

運動だったり、作業だったり

光だったり、音だったり、匂いだったり

味だったり、感触だったり

生活のあちこちに散らばっているわけだから

想像しただけでもかなり疲れそう・・。

 

他の発達障害の方にはまた

別のいろいろな特性があると思うから

そういう、自分にはわからない

感じ取れない特性を持っている人が

世の中にはたくさんいるということを知って

 

もっともっといろいろな面で

人は多様なんだという考えが広まって

 

どんなタイプの人も

ばかだとかだめだとか思われないで

明るく楽しく生きられたらいいですよね。

 

できないからやらせないでとか

できないならやらなくていい

ということが言いたいのではなくて

   

こんなこともできないの?とか

こういうときはこうするべき!とか

これが常識!とか

できて当たり前!とか

みんなに「同じ」を求めるのではなく

それぞれに合ったペースとか方法でやればいいよ

というふうになればいいなと思って。

 

たとえば、10人いるなかの

8人の人が1回練習しただけでできて

1人の人は5回練習すればできて

1人の人は10回練習すればできるなら

結果的にみんなできるのだから

できてよかったね、となればいい。

 

10人いるなかの

1人が1回練習しただけでできて

9人が10回練習してできたときは

1回でできた1人はすごいね!となって

10回練習したら、みんなできたよ

よかったね、と自然に思えますよね。

 

人数が多いほうが正しくて

少ないほうが間違いなわけではない。

 

 

そういうことを思いながらも

「みんながやるならそうしよう♪」とか

「みんなと同じ」に寄っていく自分もいることが

ほんといやになるな。

 

みんなと同じなんかじゃなくていい。

みんな、自分は自分でいい。

 

あなたの感じているやわらかいが

あたしの感じているやわらかいと同じだって

どうしてわかる?

 

同じ場所に立っているとき

あなたに聞こえている音と

隣の人に聞こえている音が

全然違う場合もあるのです。

 

シャワーが痛いから苦手という人に

痛いわけないだろ!!って思うのは

感覚のにぶい人が鋭い人のように感じられないだけ。

 

 

白い紙の文字はまぶしくて読みづらいという人に

そんなことあるか?って思うのは

感覚のにぶい人が鋭い人のように感じられないだけ。

 

 

どっちがいいとかわるいとか

そういう問題ではないと思うのです。

 

あなたが読めるものを読みづらいという 

あなたが痛くないものを痛いという

あなたが無臭だと思うものを臭いという

あなたが気にならない音を不快だといって耳をふさぐ

 

そういうの全部、おかしいことじゃない。

 

発達障害に限らず、どんなことだって

人と違ってよくて

同じじゃなくてよくて

それが当たり前で

 

もっともっと

そういう認識が広まって

みんながお互いを思いやれる世の中に

早くなればいいのになー。

 

そのために自分には何ができるだろう。