雨の日も晴れの日も、僕ら。

日々のあれこれを綴りながら、楽しく生きたい。 

行かなかった。

 

 

 

今日は成人の日ですね。

おめでとうございます☆

 

あたしは25年前

成人式という式典には

行きませんでした。

 

行きたいという気分にならなかった

着物も着たいと思わなかった。

 

あたしの実家は千葉県にありますが

そこに引っ越したのは

小学校2年生のときでした。

 

特にいじめられたとも思わないし

友達もそれなりにできました。

 

中学校は荒れていて

あたしのクラスは

学級崩壊して担任を交代させる

ようなクラスでしたが

 

だからと言って

そのクラスになじめないと

感じていたわけでもないし

 

鈍感力がさく裂していた

中学生時代なので

いろいろあったのかもしれないけど

特に嫌だとは思ってなくて

 

つまらないとか好きじゃないとは

思っていた気がするけど

休みたい行きたくないとまでは

思っていなかったと思います。

 

だけど隣の市にある高校に進学し

東京にある大学に進学し

成人式のお知らせを

受け取る歳になったとき

 

小、中学生時代の人が

集まる場になんて

行きたいわけがないと思いました。

 

仲が良い子はいたけど

その子たちに会いたければ

個人的に会うから

成人式に参加して

嫌な思いをする必要はないと

考えたのです。

 

嫌な思い?

おかしいですよね。

小、中学生時代

嫌だと感じていなかったのに

なんでそう思ったのでしょうか。

 

あたしが今のあたしと

ほぼ同じような思考

になったのは大学生以降です。

 

それまではただ流れに流されて

生きていただけな気がします。

 

もちろん好きなものはあったし

やりたいことを始めたりもしました。

でもそれも大枠では決まった流れの

なかでしょう。

 

中学を出たら高校へ行く

親が公立って言ったから公立。

 

音楽やりたいからバンド組んだけど

卒業したら解散して終わり。

 

行きたい専門学校があったけど

親も先生もとりあえず大学って言うから

できるだけ同じジャンルの大学を探して

大学に進学。

 

学校のなかでは一見自由に

しているようだけど

実は親の希望通りに進んだだけでした。

 

それが正しい

それでいいと自分も思っていました。

 

でもだんだん、何がきっかけか

もう覚えてないけど

 

親だって完璧じゃない

親の言うことが100%正しいわけじゃない

ということに気付き

自分の気持ちを

考えるようになったのです。

 

それで成人式には行かないと

勝手に決めました。

 

あんな意地悪な子もいた

こんな嫌いな子もいたと思い出したし

何より、その時代の自分が

あまり好きじゃなかった。

 

過去の自分を

知っている人たちと会って

過去の自分を

思い出したくなかったのかな。

 

親は少し寂しかったかもしれません。

でも家族で食事して

着物姿ではありませんでしたが

記念写真を撮ったりはしました。

 

成人式の日の夜には

中学3年のときのクラス会があって

それには参加しました。

 

仲が良かった子も行くし

担任も来るって聞いていて

 

その担任の先生は

あたしが高校に合格したとき

お前が受かると思わなかった!

やったじゃないか!と

とても喜んでくれたので

 

うれしくて

成長した自分の姿を喜んでくれるって

勝手に期待していたからです。

 

でもその日、先生は

あたしのことなんて

全然覚えてないふうで

元クラスメイト達も

なんだか気が合わなくて

ちっとも楽しくなかったです。

 

あたしは先生やクラスメイトの

記憶に残るような生徒

ではなかったのでしょう。

ああ、そんな子もいたねぐらいの

影の薄い子だったかもしれません。

 

だから成人式に出なかったことを

やっぱりこれで良かったと思ったし

今でもちっとも後悔していないし

あれからクラス会、同窓会というものには

いっさい参加していません。

 

興味がないのです。

彼、彼女らがその後

どんな人生を歩んでいるかなんて

まったくもって興味がない。

きっと相手もそうでしょう。

 

一番仲が良かった子とは

今もちゃんとつながっていて

数年に1回会っていますけどね。

 

親はあたしに着物を着せて

成長を喜びたかったかもしれないし

着物姿の写真を残して

今も繰り返し見て

楽しみたかったかもしれないけど

    うーん、でも

    そういうタイプの親でもないのだけど

 

あたしは

あたしらしく生きられるようになった

1つのきっかけかなと思って

 

成人式に出ないという選択が

間違っていたとは思っていません。

 

あ、大学の研究室の友だちは

今もつながっていますし

集まると言われたら

行けるときは行っています。

 

もうその時代は影の薄いあたしではなく

ちゃんと自分を持っていたので。

 

だから

これはしなければいけないなんて

思い込まないで

 

これはなんのためにするのかな?って

1回立ち止まって考えて

 

どんなに大事そうなことでも

自分に必要なければ

しなくていいんじゃないかなって

思っています。

 

そういう考えで

去年、Kるんの中学校の卒業式

 

参加させませんと言って

校長室で小さい卒業式を

してもらいましたが

 

まったく後悔していません。

もちろんKるんも

今は後悔していません。

  いつかやっぱり出たかったと言われたら 

       それはそれで仕方ない・・。

 

みんなのなかに入ると不安で苦しくなる

という子の精神状態と

卒業式という式典。

 

どっちが大事か

考えて出した結論でした。

 

そういうふうに判断できる

始めの1歩だったかと思うと

あたしの参加しなかった成人式も

ムダではなかった☆

 

成人式に出なくても

成人の日はおめでたいし

そこまで成長した姿は立派だし

親はそれだけでうれしいって

 

数年後に成人する娘を持つ親として

今、思います。