雨の日も晴れの日も、僕ら。

日々のあれこれを綴りながら、楽しく生きたい。 

かいり④

 

かいり③からのつづきです。

 

emily-ryu.hatenablog.com

 

 

そしてあたしは

10代から20代にかけて

自分の性別が女でいいのか

 

自分の恋愛対象は異性であっているのか

ということがわからなくて

 

LGBTの方と交流したり

一緒に新宿2丁目に

連れて行ってもらったりして

 

あたしのようなひとを

探していたときがあったのだけど

 

何年かは映画を見たり

本を読んだりして悩み

 

何年かはメールのやり取りや

実際に何人かと会うということを

やってみた結果 

 

ひとはみんな違って

あたしと同じひとはいないという

答えにたどりついて

 

なんとなくあたしはあたしでいい

という考えに落ち着いた。

 

そのころも当然Ryuはいて

Ryuはいつも

男性の保護者のような人格と

一緒にいるから

 

あたしのなかには男がいて

その男は男が好き

ということだけはわかっていて

 

あたしはからだは女だけど

あたしの心はなんだ?

Ryuなのか?だから男なのか?

 

男を好きになったら

からだは女だから異性愛か?

いや心が男ならこれは同性愛か?

 

だけどRyuと自分が同じだという感覚

がないのはどういうことだ?

 

心と体の性が一致しないとは

こういうことなのか?

などなど

 

もう自分ではどう理解していいのか

わからないことでいっぱいだった。

 

だからあたしはあたしだというふうに

納得するしかなかった。

 

 

あたしとRyuは同じではないから

あたしは性同一性障害ではない

ということは、今はわかる。

 

 

今、あたしは結婚しているけど

10年以上セックスレス

 

それはあたしが

そのような行為に生殖以外の意味が

あると思えなくて

 

子どもを得るためには

必要な行為だからしたけど

 

もうこれ以上は

絶対に産むつもりがないから

もうする必要がないと思っている。

 

もちろん付き合っているときや

結婚して子どもが生まれるまでは

しましょうと言われれば

ちゃんと応じた。

 

でも、自分から

しましょうと言ったことはない。

 

ダンナはどう考えているのかは

わからないけど

 

今は家が狭くて物理的に無理

という状況なので

しましょうとは言ってこない。

 

そもそもなぜ結婚したのかも

ビビビときたから

という答えしかなくて

 

彼のどんなところを受け入れたのか

わからないけど

この人となら一緒に

生きていけるかもしれない

 

という感覚で

お付き合いを始めて結婚した。

家族としての愛情は持っている。

 

解離のこととセクシャリティのことが

どのように関係しているかは

わからないけど

 

あたしは相手が男でも女でも

それ以外の方でも

誰かとからだの関係を持ちたいとは

思っていない。

 

仲良くなりたいという感情はある。

  

いやなのだ。

からだに触れられるのが。

相手が赤ちゃんだとしても。

自分が触れるのは平気。

 

母乳を与えるのは苦痛でしかない

と思っていた。

 

性欲がないのとは違う。

性欲というものはあるけれど

それはRyuとRyuのそばにいつもいる

「先生」が

どうにかしてくれる。

 

あたしはRyuと交代しても

からだはあたしなわけで

 

性欲が満たされるということは

からだの反応に過ぎないと思っているから

あたしがそこにいなくても

勝手に満たされる。

 

これはきっと解離しないひとには

わかりづらいことだろう。

結局自分でやってんじゃんっていうこととの

違いは説明できない。

 

 

でもRyuが悲しくて泣けば

あたしの目から涙が流れるのと

同じことだと思う。 

 

今はまだ本を読み終わったばかりの段階で

もしかしたら解釈が間違っていることも

あるかもしれない。

 

時間が経ったら

やっぱりあれはこうではなかったなと

思うかもしれない。

 

でも今思っていることを

残しておきたいと思って書いてみました。

 

今まで書きたいけど書けないなと

思ってきたことが

本を読んで少し整理できたことを

うれしく思います☆

 

また何か変化があったら

このつづきを書くかもしれません。