雨の日も晴れの日も、僕ら。

日々のあれこれを綴りながら、楽しく生きたい。 

浅く、はかなく、そっけなく。

 

昨日読んだ

2009年から2011年までの日記に

書いてあったんだけど

 

2011年の7月に引っ越すまで

6年くらい東京に住んでたのね。

 

それで最後の2年くらい

マーシャルワークアウトっていう

ボクササイズの進化系

みたいなものに週1で通ってたの。

 

結構広いフロアで

40人くらいが男女も

年齢もばらばらに入り混じって

50分ぐらいのプログラムを受けるの。

 

半年ごとの更新で

続ける人もいれば

辞める人もいて

で、ずっと続けてると

だんだん場所が決まってきて

 

だいたいいつも同じような人が

周りにいるようになるのね。

 

あたしもいつからか

隣がいつも同じ女性になって

同じ年ぐらいの人で

行ったらちょっと挨拶したりする

仲になった。

 

それであたしがもう今日で辞める

っていう日、彼女に

「引っ越すことになったから

今日が最後なんです。

これからもがんばってくださいね☆」

って言ったあとのことが

次のように書いてあった。

 

「少し目をうるうるさせながら

連絡先の交換をしようって言われた。

あたしは、え、もう2度と

会わないだろうに

今まで毎週会ってても

名前も知らなかった人と

今更、そんなことをして

なんの意味があるのだろう

と思ったけど、えぇ、嬉しい♬

と言いながら連絡先を交換した。

あたしってひどいな。」

 

 

 

そして実際、あっちからも

こっちからも1度も連絡など

取っていない。

 

あたしはその人は名前も知らなかった人

だから、その時の自分の感情を

そんなにひどいとも

冷たいとも思っていないんだけど

 

実はとても仲良くしていた

子どもの幼稚園時代のママたちにも

同じような冷めた感情を

抱いていて

 

本当に別れを惜しんでもらって

泣いてくれたり

プレゼントくれたり

お別れ飲み会開いてもらったりしたのに

 

あまり別れを悲しいとも寂しいとも

思ってなくて

口では寂しいなぁとか言ってたけど

ほんとは全然だった。

 

その感情が本物なのか

自分で創り出したものなのかは

わからない。

 

寂しい寂しいって言ってたら

寂しくなっちゃうし

悲しいつらいって言ってたら

悲しくてつらい気持ちになっちゃう。

 

だから言わないように

思わないように

ふるまっていたような気もする。

 

あたしは今また引っ越すって言われたら

今、好きと思っている

ここでできたおともだちたちに対して

どんな感情を持つのだろう。

 

今はSNSが普及して

どこにいても繋がっているなんて言うけど

物理的な距離が開けば

やっぱり連絡はだんだん取らなくなる。

 

それにスマホが1回壊れちゃって

そのとき消えちゃった友達は

復活させることができてない。

 

だからって

何も寂しくないし

困ってないんだけど・・。

 

そう考えると友達って

なんだろうね?

 

なんだかすごく大事なもののようで

そうでもないようで。

 

今を楽しく生きるためには

必要だけど

一生同じ人とだけ

仲良くしていくってもんでもない。

 

大学生の頃

仲良くしてた女の先輩が

真心ブラザーズが好きで

あたしにいっぱい貸してくれたなかの

1曲に

 

「浅くはかなくそっけなく

時の流れとともにともだちは変わる」

っていう歌詞があって

 

ああ、そのとおりだなって。

真心ちゃんが言うんだから

あたしがその場、その場で

友達を作っては消し

作っては消ししていてても

間違いじゃないはず♬

って思って生きてきたことだけは確か。

 

真心ブラザーズ万歳☆